伊藤明瑞

いとうめいずい 1889~1948


【作者略歴】

伊藤明瑞という書家が、かつて明石に住んでいた。

彼は本名を宮本正雄といい、明治22年2月、奈良県で生まれている。

幼くして書に秀で、3歳で草書を自由自在に書いた。神童といううわさが流れ、5歳の時ついに明治天皇の前で揮毫することになった。彼はまるでモーツァルトが皇帝の前でその天才振りを遺憾なく発揮したように、草書・楷書・行書・隷書、様々な書体で見事な書を書いたという。

明治天皇は大変感銘を受けられ、「明治の瑞才」との意味で明瑞の名を、また元勲伊藤博文の姓を受け、ここに伊藤明瑞の名を賜った。

後に西林寺の住職、二階堂正信との親交の縁で、大蔵町3丁目(当時の西林寺は4丁目)に住んだ。 先々代の坊守から聞いたところでは彼は大変な記憶力の持ち主であったそうで、本は一度流し読んだだけで内容をすべて記憶できたたらしい。また、トランプは一回裏表を見ただけで、すべてを裏にして並べてもどれがどれか見分けたという。まことに天才であったようだ。                                                      

昭和23年11月13日、満59歳で他界。喪主は妻タミ、との記録が過去帳にある。

西林寺に彼の顕彰碑墓と、妹である宮本梅子の墓が並んでいる。