狩野探幽

かのうたんゆう 1602~1674


【作者略歴】

慶長七年、狩野孝信の長男として京都に生まれる。母は戦国武将、佐々成政の娘。幼名は采女、通称守信。

元和三年、江戸幕府の御用絵師となり、のち江戸城鍛冶橋門外に屋敷を得て、本拠を江戸に移す。

江戸城や二条城、名古屋城などの公儀の絵画制作に携わり、大徳寺や妙心寺などの有力寺院の障壁画も制作した。

元和九年、狩野宗家を嫡流・貞信の養子として末弟・安信に継がせ、自身は鍛冶橋狩野家を興した。

狩野派に新風をもたらし、中興の祖と仰がれる。のち法眼に叙せられ、探幽斎と名乗った。

延宝二(一六七四)年没、七三歳。


〈代表作〉

• 二条城障壁画    (重要文化財)  二条城二の丸御殿

• 名古屋城障壁画 (重要文化財)  名古屋城本丸御殿

• 大徳寺方丈障壁画 (重要文化財)  大徳寺方丈  全八三面

• 南禅寺大方丈障壁画 (重要文化財)  南禅寺

• 山水図屏風       (重要美術品)  東京国立博物館所蔵  六曲一双

• 源氏物語図屏風             宮内庁三の丸尚蔵館所蔵  六曲一双

• 富士山図                   静岡県立美術館所蔵

• 富士山図屏風                板橋区立美術館所蔵

• 桐鳳凰図屏風                サントリー美術館所蔵