河野鉄兜

こうのてっとう 1825~1867


【作者略歴】

生没年: 文政八年~慶応三年(1825~1867)

出 身: 揖東郡網干

名 前: 名は維羆 字は夢吉 通称絢夫・俊蔵 別号に秀野

事 蹟: 讃岐国丸亀の吉田鶴仙に学び、のち詩人梁川星巌に入門。

弘化二年(1845)、医業を開業し、三年後江戸に下る。のち播磨国林田藩主である建部内匠頭に招聘され、

藩校教授となる。西日本の碩学を訪ね、日田では廣瀬淡窓にも教えを乞うた。

頼三樹三郎との交遊はよく知られ、宮中で孝明天皇が「河野鉄兜は藩の儒生にして音律にも通じたりや」と噂

されたのを聞き、「天子知名」の刻印を贈った逸話は有名である。

慶応三年病没。昭和三年、勤皇詩人の功績を認められ正五位を贈られる。