土佐光起

とさみつおき 1617~1691


【作者略歴】

江戸時代の土佐派を代表する絵師。堺出身。

父は土佐光則。本姓藤原。

寛永11年(1634)18歳の時に父に従い京都に移り、承応3年(1654)従五位下左近衛将監に叙され、永禄12年(1569)土佐光元の戦死以来失われた宮廷の絵所預職に85年ぶりに復帰した。この職を取り戻すのは土佐家の悲願であり、光起を「土佐家中興の祖」と呼ぶ。同年からの京都御所造営では住吉如慶と共に襖絵、杉戸絵を制作。後水尾天皇の覚えが厚く、光起は改めて自邸に絵所の称号を勅許された。

のち息子光成に宮廷絵所預の地位を譲り、剃髪して法名を常昭とし、春可軒と号した。法眼。

元禄4年(1691)京都で没。享年75。墓所は知恩寺。