浦上春琴

うらかみしゅんきん 1779~1846


【作者略歴】

江戸時代後期の日本の文人画家。

鴨方藩士であった浦上玉堂の長子として、備前国に生まれる。浦上秋琴は実弟。戦国大名浦上氏の末裔である。

名は選(せん)、字を伯挙(はくきょ)、十千(じゅっせん)、号は春琴・睡菴・文鏡亭・二卿など。通称は紀一郎、もしくは喜一郎。

幼少の頃より父玉堂より書画の手ほどきを受ける。

寛政4年(1792年)頃より、如意道人によって玉堂とともに春琴の作品が買い上げられている(如意道人蒐集書画帖)。寛政4年(1792年)14歳の頃に、母が死去。寛政6年(1794年)父玉堂が脱藩、父子で諸国を歴遊する。江戸・長崎では画塾に通い、古書画を研鑽する。遊歴を終え、20代で京都に定住、頼山陽や田能村竹田、岡田米山人と半江、篠崎小竹、貫名海屋、柏木如亭ら著名な文人墨客との交わりを深めた。

文化8年(1811年)藤木氏の瀧と結婚。文化10年(1813年)、玉堂と同居(柳馬場二条北)し夫婦で世話をする。文政3年(1820年)玉堂歿。

山水画・花鳥画に優れ、精彩で巧緻でありながら透き通るような気品のある作風であった。中林竹洞や山本梅逸らと名声を競い、当時は父玉堂の作品よりよく売れたという。

書道・詩文にも優れ、器物や書画の鑑定にも秀でていた。

弘化3年5月歿、享年68。