内海吉堂

うつみきつどう 1849~1923


【作者略歴】

内海吉堂は、敦賀の郷土画家である内海元孝を始祖とする、二代元紀の長男として、嘉永2年~大正14年にわたり活躍しました。

通称は鹿六、名は復、字は休卿、吉堂と号しました。

少年の頃、滋賀県湖東の医師小菅兎峯について漢学を修め、画を四条派の塩川文麟に学びました。明治初年、中国への外遊2回、各地の旧跡名画に接して研鑽、南画家の道に進みます。

内国勧業博覧会・日本絵画協会絵画共進会・全国絵画共進会等で受賞を重ね、また明治19年(1886)、京都の青年絵画研究会の審査員となりました。