橋本海関

はしもとかいかん 1883~1945


【作者略歴】

橋本関雪の父、海関は旧明石藩に仕える藩儒でした。

橋本家は代々剣術師範として若い士官を訓練するとともに、儒学を以って教育を施していました。

海関はこの時期の人間にしては珍しく、身長およそ180cmの大男であったと伝えられています。橋本文水と山内マサとの間に生まれ、長じて池田フジと結婚、のちに著名な日本画家となる関雪をもうけます。

純粋な学者であり文人であったのですが、その教養は海を越えて知られるほど深かったと言われています。また豪放磊落な性格を慕われ、日本全国にとどまらず、外国人の弟子がたくさん居たといいますから、余程の人物だったのでしょう。

橋本家では毎日のように政客や神戸の商館からの門客が多数集い、様々な議論をたたかわせていたといいます。そのような環境が幼い関雪に多大な影響と、終生消えることのなかった大陸への憧憬を育ませたのは間違いないでしょう。

明治以降は洋書の漢訳などの事業で糊口をしのいだといいます。著書に「明石名勝古事談」「壇城古都詩」「古琉球吟」などがあり、播州一帯の名家には書画の作品も多く遺されています。