清原雪信

きよはらのゆきのぶ 1643~1682


【作者略歴】

狩野探幽門下の久隅守景と、同じく探幽四天王として知られる神足常庵の娘との間に生まれる。

伊藤梅宇著『見聞談叢』によると、雪信は探幽の姪で、若くして絵をよくし日々探幽のもとへ通っていたが、尼崎仕官の子と通じたのを母が強く叱ったため、家を出てその男と別宅、以後画を描いて大いに繁盛し、尼崎にて没したという。

作品の落款は常に「清原氏女雪信筆」と署名し、「清原女」の朱文印を押した作例が多い。

日本の古典文芸に関係した作品を数多く描くとともに、観音図や花鳥画など本来の狩野派が得意とする画題も多く描いているが、優しい筆致で、繊細かつ清楚な趣きをたたえている。

俗に「おんな雪信」という。